アドニスたちの庭にて “春一番に乗ってvv
 

 

 中学・高校生の三学期の行事
イベントというと、何と言っても進学関係のあれやこれやというのが最も大きく、且つ重大な代物で。殊に“受験”に関しては、当事者たちにとっては人生の指針を左右するほどの大事な大事な真剣勝負でもあるのだが、周囲の人々にしてみても、自分の力で何とか出来るものでない分、何とも言えない歯痒さに やきもきさせられる関門であって。これに真っ向から立ち向かう正念場が真冬の厳寒期で、それを乗り越えた後に迎える“新学期”が、それは晴れやかで華やかな桜の季節の春とともにやって来るという格好になるように年度の区切りを考案した人は、

  “………“苦あれば楽あり”が座右の銘だったりするのかな?”

 どんなもんでしょうね。
(苦笑) ここ、白騎士学園でも、途中入学者向けの入試が先週催されたばかり。暦の上だけ…なんて言い方をされてた春が、少しずつ少しずつ肌身に迫って近づきつつあるのが実感出来たような、そんな気がした瀬那くんであり。
「今日は何だか暖かいですねぇ。」
 濃紺の詰め襟制服の上へ、昨日はダウンが入った学校指定のウィンドブレーカーを重ね着ていたのにネ。今日は、明け方こそ“放射冷却”とかで凄く冷え込んだものの、お昼休みの現在ただ今は、少し速足で歩いてると小汗をかくほどのいい日和で、
「………。」
 口数の少ないお兄様がこくりと頷いて…頼もしい手を伸ばして来られたのは、セナが両手でお胸の前へと抱えてた紐綴じの日誌が、今にも落っこちそうに見えたから。2つ穴綴じで堅い表紙の、運営日誌と議事録と。本校舎で開かれた運動部の部長さんたちの月例会議の議事録を整理して、さあ緑陰館へ持ってこうってことになって。ちょっと頑張って3カ月分ずつの6冊を一度に抱えていたのがね、ずりりとズレかかってしまったらしいの。
「あやや…。///////
 1冊ずつがそんな分厚いものじゃなかったから頑張ってみたのだけれど、紐綴じっていうのは案外と不安定で。かっちりした四角のままでいてくれないのが困りもので。小さなセナくんが華奢な腕で抱きかかえるみたいにして運んでたのが、今にも落ちそうに見えちゃったみたいです。そんなところへ、

  「おやおや、何でまたセナくんがそんな重いの持ってるの?」

 別の校舎から伸びていた遊歩道からやって来て通りかかったのが、やはり緑陰館へ向かう途中だった生徒会長の桜庭さんで、
「そんなの進に任せちゃいなよ、セナくん。」
 力だけなら誰にも負けない“大魔神”なんだからと、からかうように言ったところが、怒って睨むどころか進さん本人も“うんうん”と頷いて見せており。何も叱られたかった訳ではないながら、これは妙な反応だぞと、あれれと意外に思った桜庭さん。何がどうしたのかなと、小首を傾げて見せると、
「ボクだってこのくらいは運べますもん。」
 お膝を上げて何とか頑張って荷物の向きを整えて、ふうと息をついてから、
「ちゃんと“お手伝い”がしたいからって、ボクから言い出したんです。」
 何も腕力があって出来ることばかりが“貢献”ではないと、そのくらいはセナくんにも判っているのだけどもね。

  「これ以上何か持っていただくのは忍びないですし………。」

 そうなんですよう。進さんたら、既に…議事収録用のハンディレコーダーから、各部から提出された活動報告書をまとめた書類の束、会議室のが壊れたからって緑陰館から持って行ってた旧式の大きめのプリンターまでと。色々と詰め込まれた大きな段ボール箱を、両腕で抱えてらしたんですものね。桜庭さんが仰有ったように、それは力持ちのお兄様だから。全く堪えてないぞこんなものと、軽々抱えてらっしゃるけれど。そこへこっちまで持っていただくのは、さすがに申し訳ないと感じたセナくんだったらしく。
「しょうがないなあ。」
 怪力無双の副会長さんは、だがだが“まだ余裕だぞ”とこの気遣いに少々不本意そうなお顔をしていて。桜庭さんも、進さんとは幼なじみだからそういう機微は何となく判るくせに、気がつかない振りで苦笑をして見せて、
「そんな決意をしてるとこ悪いけど、僕にも半分分けておくれよ。」
 僕だけ手ぶらってのもカッコが悪いしねと、小粋にウィンクして。セナくんから綴りを半分ほど取り上げる。濃色の制服姿の3人が進む掠れかかった遊歩道は、この時間帯は何にも遮られずに陽光が降りそそいで なかなかに暖かく。運動部の会議だったからと進さんに任せて出席しなかった桜庭さんが、報告書も読むけどサと前置きつつ、どんな様子だった?とセナくんにお聞きになって。全部の部の主将たちの引き継ぎがすんで最初の報告会議だったから、結構アガってた人とか居たんじゃないのなんて、やっぱりからかうような訊きようをなさるお綺麗な会長さんへ、どうお答えすればいいのやらと、あーうーと困ってたセナくんだったのだけれども。

  ――― 傍らの少し先を進んでいらした進さんが、いきなり振り返って…。

 抱えていた段ボール箱を、何のてらいもなく足元へと手放して。真後ろにいたセナくんを、抱えてた書類ごと、がばっと………懐ろへ掻い込んでしまわれた。

  「………え? ///////

 屈強精悍な風貌をきりりと引き締めて、寡黙で物静かで、いかにも凛とした佇まいの進さんだけれど………時折こんな風に大胆なお兄様。
(苦笑) さすがにそろそろ慣れては来たものの、人の前では我慢してほしいかな/////// なんて感じたらしいセナくんだったが、そうと思ったのとほぼ同時くらいに、


  ―――
ザ……ンっと


 少し遠い常緑の木立ちから、この遊歩道の左右に並んだ桜並木の、今はまだ裸ん坊さんな梢までを。撓うほど揺らして通り過ぎたもの。どんっと弾けたようなほども勢いがあった突風が吹き過ぎて、
「うわっっっ!」
 桜庭さんの亜麻色の髪をもみくちゃにし、進さんの制服の裾をはためかせて、
「きゃっっ!!」
 少なくとも…ゆっくり十五は数えられたくらい、強い風が長いこと吹きつけていて。風に混じって飛ばされて来るのだろう、細かい砂塵までもが容赦なく叩きつけて来るものだから。セナくんもついつい、こっちからも進さんの懐ろという“避難所”に擦り寄るみたいにして身を隠したほど。

  “ひゃあぁ〜〜〜。”

 正に突然の襲来ではあった疾風で、それでも…渦に乗るように舞いながら飛び交っていた枯れ葉たちが、徐々にかさこそと擦り切れた石畳の上へと着地して転がり出し。やっとのことで収まったのを見計らい、そぉっとお顔を上げたセナくん。ふわふかな髪も濃色の制服も、乱れも汚れもしないまま。完璧に守っていただいて無事だった彼はともかくも、
「………あ〜あ。」
 こちらも柔らかい質の、ふんわりした髪をもみくちゃにされた桜庭さん。そして、制服の肩やら腕やらに、白っぽい砂ぼこりを浴びてしまった進さんで。しかもしかも、

  「………あ。進っ!」

 桜庭さんが少しばかり大きなお声を上げられたのは、さっき足元へ無造作に落とされた箱へと眸が行ったからで、
「あ〜あ、プリンターもレコーダーも入ってたのに。」
 砂まみれにしてからに。せめて蓋のある箱に入れてけよと、備品さんたちへの損害を憂えて見せる。いくらお金持ちの生徒さんたちが沢山通ってるよなガッコでも“物は大切に”は基本ですからね。
「壊れてなきゃいいですけれど…。」
「うん。」
 箱の傍らへと屈み込んだ桜庭さんのそばへと歩み寄り、セナくんも不安そうに中身を覗き込む。さすがに、あんまり大仰に騒いで この小さな後輩くんを心配させても何だしと、そこは分別を思い出した会長さんだったが。でもね、心配なのは砂ぼこりだけじゃなくってね。
“さっき、結構高さがある位置から落としてたしねぇ。”
 この、いかにも武骨そうな、頑迷そうで融通の利かなさそうな副会長さんにとって、今は何もかもがセナくんの次という後回し。よって、一片の迷いもなく、こっちのお道具はあっさり見切られたものと思われて、
“如才がない進ってのも想像出来ないけどさ。”
 でもサ、もうちょっとでいいからサ。突発事態へたじろぐとか、あたふたと躊躇するとか。人並みの反応を示してほしいよなと、思った桜庭くんだったのだけれども。せめて、この結果へ…少しで良いから動揺するとか、

  “………無理な話、かな。”

 そうなっちゃうのは、きっと…それこそセナくんがらみの一大事にだけ。それでこそ彼らしいんだよなと、自己完結した桜庭さん。再び箱を抱え上げる進さんへ、まったくもうと苦笑混じりに優しい眼差しを向けたのでありました。






            ◇



 3人が到着した緑陰館には、まだ どなたもいらしてなくて。暖かい陽射しが降りそそぐお二階へ上がって荷物を置くと、セナくんがいつものようにお茶の準備に取り掛かる。進さん以外はそれぞれにお詳しい皆様が、少しずつ優しくお教え下さったせいで、今や“セナくんの淹れたお茶が一番美味しい”との評判を受けているほどで。
“今日は暖かいし、ちょっと渋い目のアールグレイにしとこうか。”
 眠気を覚ますのには濃いお茶の方が良いかしら。給湯室のお湯が沸くまでと、上がって来ていた執務室の片隅、棚に並んだ缶と睨めっこ。そんなセナくんにお茶は任せて、運んで来た備品をチェックし、一応の無事を確認してから。
(苦笑) さてと…と報告書類をテーブルの上へ広げ始めるお兄様方で。
「春休みに早くも公式戦や新人戦が始まる部もあるからね。」
 野球部は惜しかったね、秋季大会。東東京大会で準々決勝まで進めたなんて初めてだもんね。さすがは会長さんで、日頃はお調子者よろしく“ほややんvv”として見せていらしていても、学園のこと、端から端まできっちりと把握はなさってる人であり。
“…そういえば。”
 桜庭さんや進さんたち、今現在の生徒会首脳部は、丁度今のセナくんと同い年だった、去年の今頃にはもう既にこの立場にいらした訳で。
“凄いんだな〜。”
 さっきの会議がそうだったように、三年生から引き継いだばかりの部長さんたちでさえ、自分よりかは上級生の方々ばかりだったろうのにね。高校生としてやっと一年を過ごしたばかりという身だったのに、生徒たちを代表する中枢部をしっかと支えてらした、史上最強の生徒会を立ち上げてらした方々で。ホンットに何から何まで桁外れの皆様なんだなぁと、憧れの想いも尚増したセナくんだったのだけれども、


  「気象番組で春一番が吹くんじゃないかって言ってましたが、
   さっきのがそうだったんですかね。」
  「そうかもな。」


 このまま暖かくなってくれりゃあ良いんだがな。そうは行かないみたいですよ、次の寒波がすぐにも戻って来るって予報が出てます。う〜ん、まあ寒いとは花粉が飛ばないからそれで助かる奴もいるこったし。どうしました? そんな分かりやすい“良いこと探し”だなんて、何だか柄じゃないような。お前、俺をどういう人間だと思ってやがる…と。ざっくばらんにも親しげな会話のお声が聞こえて来て………。
“………凄いなぁ。”
 恐らくはまだまだ全然聞こえても来ないうちから気がついたのだろう。それは素早く立ち上がり、ばたばたっと階段を駆け降りてった桜庭さんで。反応感度の精密さと切り替え反射の俊敏さは相変わらずに見事なもの。そして、


  「ヨウイチ〜〜〜〜っ!」
  「どぁあっっ!! いきなりは辞〜めんかっっ!(ガツッ☆)」


 あ、殴られたな…と。同時に思って、思わず…同じタイミングで居残った同士の相手を見やる。

  「………。」
  「あやや…。///////

 くすんと柔らかく微笑ったお兄様に、セナくん、頬を真っ赤に染めて。こんな時だけ判りやすいなんてズルイですようと、階下の騒ぎに紛れて、こちらさんも彼らなりのラブラブで和んでいたりするのでしたvv




   〜Fine〜  05.2.23.


   *関東で“春一番”が吹きましたというニュースを聞いて、
    拍手のお礼、しゃれ劇場用にと書き始めたのですが、
    どんどん増えてくので、
    書き下ろし直して本編として使うことにしました。(またです。/笑)
    拍手の更新も滞ってますね、すいませんです。
(笑)


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